セリア・ホデント「ゲーマーズブレイン」は半分ほど読んで積読していたのを、長めの休暇ができたのでようやく読み切りました。かなりカロリーの高い本でした。読み終わってみると、これは今後何年かは日本のゲームUX分野においてのバイブルになりえるのではないかという感想を持ちました。(日本語で読めるという意味で)
いや、もうなっているのかな?
「ゲーマーズブレイン」の網羅性
なんといっても提示するゲームUXの建付けが明快です。
まずフレームワークとして後述する「ユーザビリティ」と「エンゲージアビリティ」をユーザー体験の主要コンポーネントとして定義しています。
これらを人間中心デザイン(HCD)のプロセスにのっとりデザインを進め、ゲーム開発の各フェーズにおいて適切なUX評価手法に沿って改善点を見つけイテレーションを回すことでクオリティを上げることを勧めています。
でもそれを行う体制はチームや会社単位でのUXへの感化が必要で長い時間がかかるため皆頑張って!と最後に締めています。
ゲームUXのフレームワーク
ホデントが定義するゲーム体験のフレームワークは下記のようになります。
ユーザビリティ
- サインとフィードバック
- 明確さ
- 形態は機能に従う
- 一貫性
- 最小限の負荷
- エラー回避/回復
エンゲージアビリティ
- 動機付け 有能性、自律性、関係性、意義、対価、潜在的動機付け
- 情動 ゲームの感覚、臨場感、サプライズ
- ゲームフロー 難易度曲線、ペース、学習曲線
これらはWeb業界からゲーム業界に進んだ自分にとっては割とわかりやすく分けられています。
「ユーザビリティ」に関してはノーマン「誰のためのデザイン?」やワイシェンク「インターフェースデザインの心理学」などで語られてきた人間中心のデザインプロセスにのっとったビジュアルデザインサイドの普遍的テーマです。
「エンゲージアビリティ」は主にゲームメカトロニクスを担うゲームデザイナーが中心的に関与する領域です。ゲームメカトロニクスに関する知見はいろいろな書籍が出ているので今後読み進めたいと考えています。(読み物としては桝田省治「ゲームデザイン脳」が好き)自分にとってはぼんやりしていたゲームの自己目的化に関するこの定義が非常に刺さった部分でした。
これらは過去職種としてはUIデザイナーおよびゲームデザイナーが担っていた領域をUXの文脈で定義しなおし包括したといってよいでしょう。そして、ここで出てくるのは上記のフレームワークのロジックが最適になっているかの評価を行う独立した職種やチームの必要性です。
ゲームUX実践の困難
国内コンシューマ系大手ゲーム開発会社2社のプロジェクトに関わり知った範囲では、独立もしくは専任のUXストラテジストやリサーチャー職が存在したプロジェクトはなく、定義上でのUX評価(QAやユーザーテストのアンケート評価)を行うのは主にゲームのディレクターが担っていました。おそらくWeb開発会社からゲーム開発会社に進んだデベロッパーではUXの認知度の高さから状況は異なるかもしれませんが、UX専任職の求人をほとんど見たことがないことから、なかなかそこにコストを掛けられる状況にはないということでしょう。
著者のホデント自体、UBIやエピックゲームスといった開発会社でUXチームビルディングや運営に携わっていたことから、UXという概念を社内に認知、活用させることの難しさを感じているようです。
個人的には過去UXチームビルディングを志向しようとしてリーン・バレイ「一人から始めるユーザーエクスペリエンス」などを参考に実践するタイミングを探っていた時期もありましたが、コロナ禍でコミュニケーションの壁が高くなりプロジェクトの状況も良くならず断念してしまいました。
ゲームUXへの近視的リアリティ
私がUIデザイナーとしてとあるゲームプロジェクトからの離脱を迎えた3年ほど前、Webデザイナーとして活動していたころに鳴り物入りでやってきたUXという概念がゲーム業界にも広がってきていると知り、状況はどんなものなのかとゲームUXに関するセミナーなどにいくつか参加してみたものの、ゲーム開発当事者が語っているものは少なく「我流ゲームUX」の概念を語るにとどまっているものが多い印象を受けました。(ゲーム好きなUX関係者が語る、という感じ)
そのような若干の落胆を感じるような状況があり、そして同じころバリバリのゲームUXストラテジストが書いた本書が和訳された(2019年春刊行)ということですから、私の知らないところで本書のフレームワークを取り入れた開発が国内のどこかで進んでいるだろうとは思っています。
ただAAAといわれるゲーム開発には数年かかり、UXリサーチはゲームのプロトタイピング時期から関与すべきと本書は言います。そして成果はゲームのリリース後に長期的に判断されるもので、ゲーム開発中は秘匿案件扱いです。そのタイムスパンを考えると、事例や経験則といったものが公に共有されることはゲームの他の要素に比べると少ないだろうと予想できます。(実際CEDECでの該当テーマ発表も数少ないようです)
では国内のゲーム業界の片隅に居るUIデザイナーとしては、このような情報の乏しい中でゲームUXへのアンテナを張る姿勢として、以下のようなことを考えていきたいと思っています。
- 【内省的作業】既存ゲームのUXモデル化作業など
- 【視野拡大】海外のゲームUXシーンへの追随
- 【発露】このブログを含むアウトプット
ゲームUXに関しては、本書のフレームワークとの参照という形でエントリーを積み上げていきたいと考えています。
(2022/9/10 文体などを変更しました)